|
判決
事故から公判起訴まで1年5ヶ月。刑事公判は9回を数え、2005年3月9日に判決が出ました。
結果は残念ながら禁錮2年執行猶予5年。訴訟費用は被告人の負担とする。というものでした。
加害者を実刑にすることはできませんでしたが、最長の5年の執行猶予というのは客観的には重いといわざるを得ないのでしょう。しかし、判決の中味は息子に報告できるものではありません。それは、検察が提出した鑑定書の間違った内容が認定されているからです。
鑑定書は一度目のものがあまりにも恣意的なものだったので、検事もそれを認めて再鑑定がされました。しかし、再鑑定もあからさまに被告人寄りのもので、衝突角度に関しては自ら作成した図面の提出を求めましたが、検事は角度の間違いは認めるものの、この図面は提出せず、にじり痕の写真を被告人尋問で示して間違いを指摘するにとどまり、裁判官はこの間違いをそのまま認定してしまいました。しかも、判決では加害車両の衝突部位まで間違っているのです。なさけない判決です。
検察には断固、抗議をしましたが、控訴することなく確定してしまいました。
ここに、判決文と、二度目の鑑定書、私が作成した、にじり痕の角度図面、科捜研の鑑定書を公開して、せめてウェブ上で検察と裁判所の理不尽さを訴えておきたいと思います。
【追記(2008.5.28)】
刑事裁判後2ヶ月が経過しても加害者からの連絡はなく、こちらから代理人弁護士に連絡をしました。弁護士を通じて謝罪に来るように促しましたが、「記憶に基づいたこと以外の謝罪は不可能」ということで決裂。
民事の時効3年を半年延長し、加害者からの連絡を待ちましたが、示談の申し入れも何もなし。仕方なく、時効ギリギリで民事提訴となりました。
民事裁判での一番の課題は、刑事裁判途中で出された「恣意的な鑑定書」を否定し、加害者の極端な早回り右折こそが事故の真相であることを立証することでした。
民間鑑定を依頼し、自らも鑑定への補充意見を提出し、2007.10.2に第一審の判決が出ました。事故以来、私たちを支え、ともに交通事故処理システムのおかしさを訴え続けてきた松本弁護士が2007.6.26に列車事故で急逝され、一緒に判決を聞くことができなかったことは残念でした。
判決は、刑事での山崎俊一鑑定を「疑問である」としたものの、私たちの提出した鑑定も採用されず、「具体的な事故態様を認定するのは困難」としました。しかし、加害者の「前方への不注意で通常を上回る過失があり、また、若干の早回り右折が認められる」として、90:10の判決となりました。
過失割合よりも、ホフマン方式の採用という被害者全体の課題を前面にして控訴を決意したのは、松本弁護士の弔い合戦という意味合いもありました。
控訴審では初公判後からすぐに「和解」のテーブルが設定され、私たちは加害者に、交通事故をなくすために、TAV交通死被害者の会への寄付を条件として付しましたが、加害者父親(本人には財力なし)は「裁判所に行くのは嫌だ」と和解を受け入れませんでした。
2008.5.27控訴審判決
「本件事故は、交差点における右折4輪と直進2輪の衝突事故であるところ、Nの認識状況と比較して被控訴人Mには前方への不注意において通常では考えられないような大きな過失があり、また、周囲の状況を正確に認識していないことにおいて甚だしいものがあるだけでなく、道路交通法規に違反する早まわり右折を行ったことが認められる。他方、亡直樹については、制限速度を約10km超える時速約60kmで進行し、Nの認識によれば40m以上離れた位置で被控訴人車を認識していると認められるとはいえ、これは本件交差点における通常の交通の流れに従った走行方法であるといえるし、また、亡直樹としては被控訴人車の動きからして森本車に進路を譲ってくれたものと信頼して進行したものと考えられ、亡直樹に完全に落ち度がなかったとまではいいがたいとはいえ、被控訴人Mの著しい過失に比すると、敢えて取り上げるに足りない程度のものであるということができる。したがって、本件事故においては、損害額を算定するに当たり、亡直樹の過失につき過失相殺すべきではないといわなければならない。」
|