事故発生は2002年10月28日月曜日午後8時半頃 神戸大学工学部応用化学科に通っていた息子は、大学院への進学も決まり、研究室から帰宅途中に事故に遭いました。
バイク乗車の息子は直進、青信号で交差点に進入。対向乗用車が右折しようとして衝突。息子は前方に飛ばされて橋のコンクリート土台に前頭部を強打。守ってくれるはずのヘルメットは顎紐のパッド部分が壊れるほどの衝撃で脱落してしまいました。
近くの兵庫医大病院に運ばれましたが、私たち家族が警察から連絡を受けたのは事故から1時間半近く経過した午後10時前。急いで駆けつけましたが、息子は首から上の骨という骨が折れており、前頭部の骨はコナゴナに近い状態で、顔が倍ほども膨れ上がり、腫れで眼球破裂の恐れもある状態でした。脳の中心部分に出血があり、非常に危険な状態であるということでした。
医者の説明を聞いて部屋から出ると、加害者の女子大生とその両親がやってきて「車が三台停まっていて、その間からバイクが現れ、クラクションの音で気付いてブレーキを踏んだが間に合わなかった」と言いました。加害者は芦屋のお嬢さんです。まさか、このお嬢さんがとんでもない『嘘』をついていたと誰が思うでしょう。私たちは、この時点ではまったく加害者を疑うことはなく、不運な事故で出会った二人の若者を救うことしか頭にありませんでした。
息子は翌日には出血も止まり、順調に回復していきました。ICUで22歳の誕生日を迎え、2週間後の11月10日には顎の骨折の手術のために一般病棟に移れるまでに回復しました。
しかし、翌11日に病院から「息子さんの意識がなくなりました」と緊急連絡。慌てて駆けつけましたが、事故による血管の傷が原因で「解離性動脈瘤」ができ、それが破裂したとのこと。非常に珍しいことで予測できなかったとのことでした。2度目の出血があり、ついに開頭手術。そして、数日後に動脈瘤の再破裂を防ぐために、後遺症覚悟の動脈塞栓術を行いました。
手術は成功し、思ったほどの後遺症も出ないだろうと医者から聞かされホッとしていた矢先、真夜中に再び病院から電話。「何があったんだ!」と駆けつけると、脳の中心の視床下部あたりに出血があったため、血中ナトリウム濃度が上昇し、運の悪いことに医者も予測できなかった肺の機能が低下し呼吸ができなくなったというのです。なす術がない状態で、どんどんと血圧が下がっていくのを見ているしかありませんでした。そして、11月21日木曜日午後2時29分、22歳と20日の短すぎる人生を終えてしまったのです。
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